東京高等裁判所 昭和27年(う)2900号 判決 1952年10月31日
控訴人 被告人 染谷省三
弁護人 石井一郎
検察官 軽部武関与
主文
原判決を破棄する。
被告人を昭和二十六年九月二十五日以前の罪について懲役八月に、昭和二十七年四月十四日以前の罪について懲役一年六月に、昭和二十七年四月十五日以後の罪について懲役十月に処する。
原審並当審に於ける訴訟費用は全部被告人の負担とする。
理由
本件控訴の趣意は末尾添付の弁護人石井一郎名義の控訴趣意書記載のとおりで、これに対し当裁判所は次のように判断する。
論旨第一について。
原判決は起訴状記載の公訴事実を引用しているのであるが、右引用事実中昭和二十七年五月十日附起訴状記載の公訴事実第二の(3) 中「軍鶏おとし」とあるのを「軍鶏おす」と訂正し、同月二十六日附起訴状記載の公訴事実中三、の「四日」とあるのを「五日」と訂正し、六、七、八、九の各「九月二十六日」とあるを「九月二十七日」と訂正していることは所論のとおりである。而して所論は右のように判決に於て起訴事実を訂正したのが違法であるとしその根拠として、刑事訴訟法第三百十二条と刑事訴訟規則第四十四条を援用している。しかし起訴状記載の「軍鶏おとし」と言うのは意味不明な言葉でこれを証拠と対照してみれば「軍鶏おす」と記載するのを誤記したものであること明白である、「四日」を「五日」とし、「九月二十六日」を「九月二十七日」と訂正したのは、いずれも前日の内から窃盗の予備的行為があつたのであるが、窃盗行為に着手し、或はその行為を完了したのは、午前零時を過ぎて既に翌日となつていたという関係のある事件であつて、起訴状には誤つて前日中に犯罪が行われたものとして所論のような記載が為されたと認められるのである。而してこのように午前零時を堺として犯行の日時が前日であるか翌日であるか容易に確定し得ない場合に起訴状に誤つて前日を犯行の日として記載されたときに、判決に於て正確な日時に訂正することは刑事訴訟法第三百十二条の規定する訴因の追加、撤回、変更には該当しないのであり、たとえ検察官からの訂正申立がないときでも、正確な日時に訂正して判決することは許されるべきである。「軍鶏おす」とすべきところを「軍鶏おとし」と誤記したときの如きも、その訂正を違法とする根拠は毫も認められない。刑事訴訟規則第四十四条第一項第二十六号には公判調書に記載すべき事項として起訴状の訂正に関する事項を訴因又は罰条の追加、撤回、又は変更に関する事項に含ませているけれども、右規則第四十四条第一項第二十六号の法意は起訴状の訂正申立があれば公判調書に記載し、その事実を明確ならしめておくべきことを規定したものであつて、検察官から起訴状訂正の申立がなければ、いかに起訴状に誤記があろうとも判決に於て訂正することを許さぬという趣旨のものとは解されない。従つて刑事訴訟規則第四十四条によつて原判決の訂正事項は、訴訟手続に法令の違背があるとする論旨は失当であるし、原判決に於て既に起訴状の誤記が訂正されているのであるから、右訂正が違法であることを前提とし原判決に理由のくいちがいがあるとする論旨もその理由がない。
(その他の判決理由は省略する。)
(裁判長判事 近藤隆蔵 判事 吉田作穂 判事 山岸薫一)
弁護人石井一郎の控訴趣意
一、原判決を見ると其の理由に、当裁判所が認定した事実は、A昭和二十七年五月十日付起訴状、B同月二十六日付起訴状に各記載された公訴事実と同一であるから該記載をここに引用する。但し右Aの起訴状に記載された公訴事実第二の(3) 中軍鶏おとしとあるを軍鶏おすと右Bの起訴状に記載された公訴事実中三の四日とあるを五日と六、七、八、九の各九月二十六日とあるを九月二十七日と訂正する。とある。
然しながら裁判官が起訴事実を自由に訂正する権能の無い事は刑事訴訟法第三百十二条、刑事訴訟規則第四十四条の規定によつて充分に之を知ることができる。又全公判記録を調査しても検察官が起訴事実を前記の様に訂正したと云う事実が見られない。然らば原判決には訴訟手続に法令の違反があり且つそれは理由にくいちがいがあることにも該当するもので破棄を免れないものである。
(その他の控訴趣意は省略する。)